縁結び 八重

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八重のこれまで

太古の八重垣参道の賑わいを夢見た先々代

太古よりこの地は、今の佐草十字路から八重垣神社まで八重垣参道と呼ばれる参道となっており、道の両脇には燈籠などが並んでいたと言われています。
八重垣神社宮司の家系に生まれた八重の初代店主:佐草 昭(しょう)は、幼少から耳にしていたその言い伝えを元に、八重垣神社周辺に参道の賑わいと風情を復活させることに、その晩節を捧げ、1980年、かねてからの想いを込めて、この地に『神話路 八重』を創設しました。
それ以来、八重は八重垣神社に参拝に来られる方々の憩いの場として、更には出雲神話を伝え聞く語り場として、数多くの方々に愛されてまいりました。

若き日は漢文学に精通した文化人として、東京から専門家が教えを請いに来たともいわれる大人物で、神社でのご奉公のみならず島根県屈指の進学高校の古文教師として教壇にも立っていた初代店主は古文書の解読や神社縁起についての向学にも余念が無く、神代の時代の古代出雲についても、独自の解釈を加え、それをご来拝の方々に披露しては親しんでいただいておりました。

神話の里から心のふるさとへ「おかえり」の心でのおもてなし

1997年に、初代店主が亡くなった後は、創設当初から夫を支えてきた妻・完(よし)がその意志を継ぎ、『神話路 八重』二代目店主を務めました。
完は夫から聞いてきた伝承を、分かりやすく伝えただけでなく、持ち前の温かいもてなしの心を持って人々をお迎えしました。まるで、帰郷してきた我が子を出迎える『おかあちゃん』のように、あるときは満面の笑顔で、またあるときは共に涙を流し、とりどりの人生模様と共に、結ばれていく奇跡を生み出していきました。

夫亡き後十数年、出逢ったお客様にはもちろん地元の方々にもかわいがって頂きながら店を続けてまいりましたが、2010年1月、まるで咲きながら花を落とす椿さながらに、突然の病により帰らぬ人となりました。

今でも時折、八重を訪れて生前を偲んで下さる方も多く、誠に有難いことだと感謝しております。念願であった八重のリニューアルを見届けることは叶いませんでしたが、皆様に愛していただいたいつもの笑顔で、今も変わらず皆様の良縁をお祈りし続けていることと思います。

縁結び八重垣 八重の大切なもの
リニューアル時写真

『神話路 八重』は2010年、店舗の老朽化により改装し『縁結び八重垣 八重』へと改名しましたが、八重には初代店主より代々受け継がれてきた大切なものが三つあります。
この三つの大切なものは、八重にお越しの皆様をお守りし、様々な良縁に恵まれるようにと八重垣神社でご祈祷戴いています。

八重の大切なもの 其の一

『ご神像』

彫師が子宝の像を制作していたところ、像の右側に染み出てきた赤い染みが、さながら宝物殿に納められたイナタヒメのお姿とうりふたつであることに気付き、イナタヒメと縁のある八重へ納められたとされています。 そのお姿はまるで見る人の心の内を映すように、表情を変えるともいわれています。 笑顔の時はより良い事が、お寂しげに見える時は憂い事があるかもしれませんので、ぜひご用心くださいませ。

八重の大切なもの 其の二

おろちの前の看板
『ヤマタノオロチ』

80年代に八重垣の里が未曾有の嵐に襲われた際、この大木が倒れた次の瞬間に大風が止み、真っ暗な空から希望に満ちた光が降り注いだと伝えられています。
その後、朽ちた大木の根を掘り起こしたところ、あまりにも勇猛で見事な姿だったため、水神ヤマタノオロチを模した魔除けとしてお祭りさせていただいています。
ヤマタノオロチの倒れた姿より、水難厄除け、快晴祈願として、皆様の良い旅を心よりご祈念いたします。

八重の大切なもの 其の三

姫様の横の看板
『姫様』

古事伝承に詳しかった初代の語る出雲神話に、深く感銘を受けた著名な彫り師より、お礼に寄贈されたとされています。 良縁、子宝成就にことのほか大きなお力があるようで、お礼参りに来てくださるお客様もたくさんいらっしゃいます。 姫様の像のお世話をするスタッフも見事に良縁・子宝に恵まれ、そのお力の強さには驚くばかりです。

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